松阪牛(まつさかうし)とは、松阪牛個体識別管理システムに登録され、三重県松阪市を中心とする松阪牛生産区域での肥育期間が最長・最終である黒毛和種の未経産雌牛のことです。「肉の芸術品」と称されるきめ細かな霜降りと、加熱したときに立ちのぼる甘い香りで知られ、神戸牛・近江牛とともに日本三大和牛のひとつに数えられています。
この記事では、松阪牛の正しい読み方、松阪牛協議会が定める定義、松阪牛の中でも約4%しかいない「特産松阪牛」、但馬の役牛から始まった歴史、おいしさの理由、そして買うときに本物を確かめる方法までを、松阪市・松阪牛協議会の公開情報をもとに解説します。
松阪牛の読み方は「まつさかうし」— 「松坂牛」は誤り
松阪牛の読み方は「まつさかうし」です。「まつさかぎゅう」も正しい読み方で、商標もこの2つの読み方で登録されています。
一方で、次の読み方・書き方は誤りです。
- 「まつざかうし」「まつざかぎゅう」(「さ」が濁る読み方)
- 「松坂牛」(漢字の表記)
「阪」の字は、発祥の地である三重県松阪市の「阪」です。地名も「まつさか」と濁らずに読みます。検索や贈り物の表書きで迷ったときは、「松阪市の松阪牛」と覚えておくと間違えません。
松阪牛の定義 — 松阪牛協議会が定める3つの条件
松阪牛と名乗れるのは、松阪牛協議会が定める次の3つの条件をすべて満たして出荷された牛だけです。
- 黒毛和種の未経産雌牛であること
- 松阪牛個体識別管理システムに登録されていること
- 松阪牛生産区域での肥育期間が最長・最終であること(生後12ヶ月齢までに生産区域に導入され、導入後の移動は生産区域内に限る)
ポイントは、定義に「等級(A5など)」が含まれていないことです。松阪牛は血統・性別・育った場所・管理の仕組みで決まる銘柄であり、格付けの高さで決まる銘柄ではありません。定義は松阪牛協議会が定め、個体識別管理システムは株式会社三重県松阪食肉公社が運営しています。
条件1: 黒毛和種の未経産雌牛
松阪牛になれるのは、和牛4品種のうち黒毛和種で、しかも子牛を産んでいない雌牛だけです。雌牛の肉はきめが細かく脂の質が良いとされ、松阪地方では江戸時代に但馬から導入した役牛も雌牛でした。この歴史が、いまの「未経産雌牛のみ」という定義につながっています。
条件2: 松阪牛個体識別管理システムへの登録
農家が子牛を導入すると、三重県松阪食肉公社の担当者が牛舎に出向いて1頭ずつ確認し、生年月日・出生地・父牛・導入日などをシステムに登録します。牛が出荷され食肉になるまでの情報が一元管理され、定義を満たしたときだけ「松阪牛」として出荷できます。システムは2002年8月に稼働し、消費者もインターネットから個体識別番号で情報を検索できます(後述)。
条件3: 生産区域での肥育期間が最長・最終
子牛は生後12ヶ月齢までに松阪牛生産区域に入り、そこでの肥育期間が生涯で最も長く、かつ出荷直前まで区域内で育てられる必要があります。たとえば兵庫県で10ヶ月育った子牛を導入して区域内で31ヶ月育てれば松阪牛になりますが、県外で21ヶ月育った牛を20ヶ月だけ区域内で育てても松阪牛にはなりません。出荷はおおむね30ヶ月齢以上が目安です。
素牛(もとうし)はどこから来るのか
松阪牛は「松阪生まれ」ではありません。兵庫県・宮崎県・鹿児島県など全国の子牛市場から、目利きの農家が松阪牛にふさわしい子牛を選んで生産区域に導入します。歴史的には兵庫県但馬地方の牛を迎えてきたため、いまも但馬系の子牛が重視され、後述する「特産松阪牛」は兵庫県産の子牛に限られています。
松阪牛の産地はどこ?三重県松阪市と松阪牛生産区域
松阪牛の産地は三重県松阪市です。松阪市は三重県中部に位置し、日本三大和牛のひとつである松阪牛の生産地として全国に知られています。松阪市飯南町深野には「松阪牛発祥地」の碑が建てられています。
ただし、松阪牛を育ててよい範囲は松阪市だけではなく、松阪牛生産区域として定められています。区域は2004年11月1日時点の市町村境界をもとにした旧22市町村で、現在の行政区分では次の地域が含まれます。
- 松阪市、明和町、多気町、玉城町、度会町、大台町
- 津市・伊勢市・大紀町の一部地域
以前は松阪牛を扱う3つの団体がそれぞれ生産地域を決めていましたが、買う人にわかりやすいように農家・精肉店・JA・家畜商などが話し合い、2004年に1つの区域に統一されました。区域内には北から雲出川・櫛田川・宮川といった清流が流れ、温暖な伊勢平野の気候とあわせて牛を育てるのに適した環境です。
1頭ずつ手をかける肥育農家
松阪牛の肥育農家は、えさの配合や牛舎の管理を牛の成長や体調に合わせて1頭ずつ工夫しています。「松阪牛はビールを飲む」という話が有名ですが、松阪牛協議会によると、これは一部の農家が牛の食欲が落ちたときに食欲増進のために飲ませることがあるというもので、すべての牛が飲んでいるわけではありません。ブラッシングや運動など、農家ごとに独自の工夫を重ねて育てているのが松阪牛です。
特産松阪牛とは — 松阪牛全体の約4%
特産松阪牛とは、松阪牛の中でも「兵庫県産の子牛を導入し、松阪牛生産区域で900日以上肥育した牛」のことです。月齢でいうと約38ヶ月以上で、平均すると42ヶ月齢ほどで出荷されます。一般的な松阪牛の出荷がおおむね30ヶ月齢以上であることを考えると、1年近く長く育てることになります。
松阪牛協議会によると、松阪牛は2023年度末時点で年間約9,100頭が出荷されていますが、そのうち特産松阪牛は約340頭、松阪牛全体の約4%(令和5年度実績)しかありません。長く育てるほど飼料代や病気のリスクといったコストと負担が増えるため、熟練の農家だけが手がける希少な松阪牛です。協議会はこれを「生きたまま熟成させる」と形容しています。
特産松阪牛は2017年3月3日、国の地理的表示(GI)保護制度に登録されました(登録番号25)。農林水産省は登録理由として「長期肥育による肉質の探求にいち早く特化し、その方法を確立した」ことを挙げています。なお、GI登録されているのは特産松阪牛であり、松阪牛全体ではありません。
松阪牛の歴史 — 但馬の役牛から「肉の芸術品」へ
江戸時代: 但馬から来た働き者の雌牛
松阪牛のルーツは兵庫県但馬地方の牛です。但馬は山に草が茂り谷川の水もきれいで、古くから多くの牛が飼われていました。但馬の雌牛は体は大きくないものの温和でよく働くため、江戸時代には生まれてまもなく牛の税や頭数の規制がなかった紀州(和歌山県)へ送られ、1年ほど農作業で鍛えられたのち、2歳ごろに松阪地方へやって来ました。松阪の農家はこの牛を、田を耕し荷物を運ぶ役牛として大切に使っていました。当時は仏教の影響で牛肉を食べる習慣はほとんどありませんでした。
明治時代: 文明開化と山路徳三郎
明治に入り西洋の文化とともに牛肉を食べる習慣が広まると、松阪地方で育った牛は肉牛として優れていることがわかり、「松阪の牛はおいしい」と評判になります。明治時代の初め(1870年代〜1900年ごろ)には、2ヶ月に1回、松阪から東京へ100頭以上の牛を連れて売りに行ったと伝えられています。自動車も鉄道もない時代に、東京までは歩いて3週間近くかかりました。
この東京への出荷を担い、松阪牛が有名になるきっかけをつくったのが山路徳三郎(やまじ とくさぶろう)です。よい牛を無事に届けるために大変な苦労をしましたが、そのおかげで松阪地方の牛のすばらしさが東京の人々に知られるようになりました。東京の有名レストランや百貨店が松阪産の牛をわざわざ買い求めたと伝えられています。
伊勢牛と松阪牛
松阪牛はかつて「伊勢牛」の名でも呼ばれていたと伝えられています。松阪を含む三重県中南部は旧伊勢国にあたり、この地域で育てられた牛が伊勢牛と総称されていたためです。現在は松阪牛が松阪牛協議会の定義で厳密に管理されているのに対し、伊勢牛は別の銘柄として流通しており、両者は同じものではありません。
1935年の博覧会優勝と松阪肉牛協会
明治から大正・昭和にかけて各地で牛の品評会が開かれ、松阪の牛は次々に入賞します。とくに1935年(昭和10年)に東京で開かれた全国肉用畜産博覧会で優勝したことが、「松阪牛」の名を全国に広めるきっかけになったといわれています。1954年に松阪駅前で撮られた出荷風景の写真が残っているように、当時は駅から出荷するときに松阪牛であることがわかるよう写真を撮る習慣もありました。
肉牛としての本格的な肥育が始まったのは太平洋戦争後です。1958年(昭和33年)には流通業者・販売店・飲食店などで構成される松阪肉牛協会が設立され、2023年8月末時点で約270の会員が加盟しています。協会員の店には協会員証と「松阪肉販売店指定証」が交付されており、松阪牛協議会の「松阪牛サーチ」で検索できる店はすべて協会員です。
松阪肉牛共進会と松阪牛まつり
松阪肉牛共進会は、1949年(昭和24年)に第1回が開かれ、2024年で第73回を数える松阪牛最大の催しです。毎年11月最後の日曜日に開催され、予選を勝ち抜いた50頭の特産松阪牛が出場して、生きた牛の姿を審査する全国でも珍しい生体の品評会で「松阪牛の女王」が選ばれます。優秀賞1席から5席が決まった後にセリ市が行われ、2002年の第53回では「よしとよ号」に5,000万円の値が付きました。晩秋の風物詩として毎年ニュースになる共進会と同じ日に、松阪市では松阪牛まつりが開かれています。
2002年8月には松阪牛個体識別管理システムが稼働し、2004年11月1日には生産農家を中心とする松阪牛協議会が結成されました。以来、松阪牛の定義と生産区域の統一、安全・安心の確保、ブランドの維持・発展に向けた活動が続いています。
松阪牛のおいしさの特徴 — 和牛香・不飽和脂肪酸・低い融点
松阪牛協議会は、松阪牛のおいしさの秘密を香り・脂肪・食感の3つで説明しています。
和牛香: 加熱で立ちのぼる甘くコクのある香り
和牛の霜降り肉を加熱すると現れる甘い香りを「和牛香」と呼びます。桃やココナッツなど果実に似た香りの成分を含む多様な成分の集合で、和牛肉と輸入牛肉の比較研究では、この香りの豊かさがおいしさの主な原因であることがわかっています。松阪牛の和牛香は甘くコクのある上品な香りが特徴で、80℃で2分ほど加熱したときに最も強く感じられ、さらに温度を上げるとかえって弱まります。すき焼きやしゃぶしゃぶで松阪牛がおいしいといわれるのは、この温度帯で食べる料理だからです。
不飽和脂肪酸の多い脂
和牛の脂は輸入牛や他の品種に比べて不飽和脂肪酸の比率が高く、松阪牛は一般的な和牛よりもさらに不飽和脂肪酸を豊富に含んでいます。不飽和脂肪酸は飽和脂肪酸よりも溶ける温度が低いため、口に含むと脂がすっと溶けて、なめらかな口当たりになります。肥育期間が長いほど不飽和脂肪酸の含有率が高くなるという研究結果があり、900日以上育てる特産松阪牛はとくに高くなります。
手のひらで溶ける低い融点
松阪牛の脂肪融点は、三重県畜産研究所の測定(2006年・288頭)で17.4℃でした。個体によっては13〜14℃のものもあり、手のひらに載せただけで溶け出すほどです。他の牛との比較は次のとおりです。
| 品種 | 皮下脂肪の融点 |
|---|---|
| 松阪牛 | 17.4℃ |
| 和牛(一般) | 25.9℃ |
| 交雑種 | 29.9℃ |
| 乳用種 | 30.2℃ |
出典: 松阪牛協議会「松阪牛の美味しさの秘密」。松阪牛は三重県畜産研究所(2006年3月・検体数288頭)、その他は愛知県農業総合試験場畜産研究所(1994〜2001年)の測定値。融点は肥育期間などにより個体差があります。
とろけるような食感ときめ細かな霜降りの見た目から、松阪牛は「肉の芸術品」と称されてきました。松阪牛の香り・脂・食感は、雌牛だけを長く育てるという定義そのものから生まれています。
本物の松阪牛を買うときの確認方法 — 松阪牛シールと個体識別番号
松阪牛として出荷が認められた肉には、赤い太字で「松阪牛」と書かれた松阪牛シールが貼られています。シールには10桁の個体識別番号が記載されており、店によっては同じ番号を記した松阪牛証明書が添えられることもあります。
個体識別番号は日本のすべての牛に1頭ずつ付けられている番号で、松阪牛個体識別管理システムのサイトに入力すると、その牛の生年月日・出生地・肥育農家・生産区域での肥育期間などを確認できます。買った松阪牛がどこで生まれ、誰がどのくらい育てた牛なのかを自分で確かめられるのが、松阪牛の管理の仕組みです。
なお、「A5」「A4」といった格付け(等級)は松阪牛の定義には含まれません。等級は日本食肉格付協会が歩留まりと肉質を評価した指標で、松阪牛にはさまざまな等級の牛がいます。等級の意味は三大和牛の格付けを解説した記事で詳しく説明しています。
松阪牛のおすすめの食べ方
松阪牛のおいしさを決める和牛香は80℃前後で最も強く立ちのぼるため、すき焼きとしゃぶしゃぶは松阪牛の持ち味を最も引き出す食べ方です。どちらも煮すぎず、さっと火を通してとろける食感を味わうのがコツです。すき焼き用・しゃぶしゃぶ用の松阪牛はすき焼き用の和牛ギフト一覧からもお選びいただけます。
サーロインやヒレが手に入ったらステーキもおすすめです。最初はシンプルに岩塩だけで食べると、脂の甘さと赤身の旨みがよくわかります。焼肉やハンバーグも人気で、松阪牛のハンバーグは焼くだけで楽しめる手軽さから贈り物にも選ばれています。冷凍で届いた松阪牛は、冷凍牛肉の解凍方法を解説した記事のとおり冷蔵庫でゆっくり解凍してからお使いください。
松阪牛に関するよくある質問
Q1. 松阪牛の読み方は?
「まつさかうし」です。「まつさかぎゅう」も正しく、どちらも商標登録された読み方です。「まつざか」と濁る読み方と「松坂牛」の表記は誤りです。
Q2. 松阪牛と特産松阪牛の違いは?
松阪牛は「松阪牛個体識別管理システムに登録された黒毛和種の未経産雌牛で、松阪牛生産区域での肥育期間が最長・最終の牛」です。特産松阪牛はその中でも「兵庫県産の子牛を900日以上肥育した牛」で、松阪牛全体の約4%しかいません。
Q3. 松阪牛は松阪生まれの牛ですか?
いいえ。兵庫県・宮崎県・鹿児島県など全国の子牛市場から選ばれた子牛を、生後12ヶ月齢までに松阪牛生産区域に導入して育てます。「松阪で育てた」ことが松阪牛の条件です。
Q4. 松阪牛と神戸牛の違いは?
松阪牛は三重県の松阪牛生産区域で育てた黒毛和種の未経産雌牛、神戸牛は兵庫県産の但馬牛のうち一定の基準を満たした枝肉に与えられる呼称です。定義の仕組みが異なります。詳しくは三大和牛と黒毛和牛の違いを解説した記事をご覧ください。
Q5. 松阪牛はどこで買えますか?
松阪市周辺の精肉店やレストラン、百貨店の精肉売り場、産地直送や通販サイトで購入できます。松阪牛協議会の「松阪牛サーチ」では松阪肉牛協会員の店を検索できます。和牛セレブでも、松阪牛のステーキ・すき焼き・しゃぶしゃぶ用をギフト包装・のし対応で全国にお届けしています。
まとめ
松阪牛は、読み方が「まつさかうし」、定義が「松阪牛個体識別管理システムに登録された黒毛和種の未経産雌牛で、松阪牛生産区域での肥育期間が最長・最終」の銘柄です。但馬から来た役牛を松阪の農家が長く大切に育てたことが、和牛香・不飽和脂肪酸の多い脂・17.4℃という低い融点をもつ「肉の芸術品」につながりました。買うときは松阪牛シールの個体識別番号で、その牛の履歴を自分で確かめることができます。
松阪牛を贈り物や特別な日のごちそうに選ぶなら、まずはすき焼き・しゃぶしゃぶで和牛香を味わってみてください。和牛セレブでは、ステーキからすき焼き用まで松阪牛のギフトを全国にお届けしています。
